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静岡地方裁判所 昭和46年(わ)309号 判決 1972年8月04日

被告人 村上茂信

昭二・一二・二〇生 会社社長

村上産業株式会社 (代表者 村上茂信)

主文

被告人村上茂信を懲役一〇月および罰金一〇万円に

被告人村上産業株式会社を罰金三〇万円に各処する。

被告人村上茂信において、右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

被告人村上茂信に対し、この裁判確定の日から三年間その懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人村上産業株式会社(以下被告会社という。)は、清水市千歳町四番一五号(旧住居表示・同市入江浜田四四〇番地の六一)において、ホテル「ヒルトン」を経営するものであり、被告人村上茂信以下被告人という。)は、被告会社の代表取締役として、同会社の業務一切を総括支配するものであるが、被告人は、被告会社の右ホテル「ヒルトン」の経営業務に関し、同会社の従業員宇田政子、同大島とし子において、別表記載のとおり、昭和四三年七月頃から同四六年四月二七日までの間大石みさ江ほか四名の売春婦が不特定の相手方と売春をするについて、その情を知つて、同人らに部屋代を徴して同ホテルの客室を貸与していることを知りながら、被告会社の営利のため、故らこれを容認し、もつて、被告会社の業務に関し、右従業員らと共同して、売春を行う場所を提供することを業としたものである。

(証拠の標目)(略)

(補足説明)

弁護人は、本件当時公訴事実に示されたような売春婦がホテル「ヒルトン」を利用して売春を行つていたことがあつたとしても、被告人はこれを知らなかつたのであるから、「情を知つて」売春を行う場所を提供したものではなく、又従業員らとこれを共謀したこともなく、まして、これを業としたものではない旨主張し、被告人も当公判廷において同旨の供述をしているので、この点について、当裁判所の判断を示すこととする。

前掲各証拠を総合すると、ホテル「ヒルトン」は、俗に「特殊旅館」或は「同伴ホテル」等と呼ばれている形態の旅館であつて、主として男女同伴の客によつて情交のために利用されている施設であることが認められる。右のような旅館は、その営業の形態や性格等からみて、社会通念上、売春を行うために利用され易い場所であることは否定できない。したがつて、ホテル「ヒルトン」が、この種の旅館である以上、一般に売春を行う場所として利用されるおそれがあることは、当然予見できるところである。この点について、被告人に右のような一般的な認識ないし予見があつたことは、被告人の当公判廷における供述からもうかがえるところである。ただ、右の認識ないし予見が、単に、ホテル「ヒルトン」が売春を行う場所として利用される「おそれがある」又は、利用される「かも知れない」という程度の一般的、抽象的なものにとどまるならば、未だ売春防止法一一条にいう「情を知つて」という要件には該当しないものというべきである。しかしながら、前掲各証拠を総合して判断すると、被告人は、判示のような個々の売春行為をすべて認識していたものとは認められないけれども、単に、一般的、抽象的に売春の場所として利用される「おそれがある」又は、利用される「かも知れない」という程度の認識にとどまらず、当時、現実に売春婦がホテル「ヒルトン」において売春を行つていることを認識し、又は予見していたことが認められるから、同条にいわゆる「情を知つて」いたものと認めるに十分である。

又、前掲各証拠を総合すると、被告人は、従業員らに対して、たとえ売春婦と分つても客室を貸与するように積極的に指示した事実は認められないけれども、前記のように、ホテル「ヒルトン」が売春を行うために利用されていることを具体的に認識又は予見していたにもかかわらず、従業員らに対し、何らこれを防止するための指示や指導をしなかつたばかりか、判示のように被告会社の営利のために、故ら従業員らの行為を容認していたことが認められる。してみれば、被告人は、情を知つた判示従業員らと共同して、判示犯行をなしたものと認めざるをえない。

もつとも、被告人および証人宇田政子、同大島とし子の当公判廷における各供述によれば、同人らの検察官に対する各供述調書は、検察官が同人らの片言隻語をとらえて、故ら公訴事実にそうように枉げて記載したものであつて、本件の知情ないし共謀の点に関する記載内容は事実に反する旨主張しているけれども、当公判廷において取り調べたすべての証拠を総合して判断すると、右の各検察官調書の記載は、知情ないし共謀の点に関する部分も、少くともその供述記載の趣旨においては、信用するに足りるものと考える。

次に、被告人の右犯行は、売春防止法一一条二項にいう売春を行う場所を提供することを「業とした」といえるかどうかについては、次のように考える。前掲各証拠によれば、ホテル「ヒルトン」は、前述のようにいわゆる「特殊旅館」であつて、主として男女同伴の客によつて利用される施設であることから、営業形態として、性交のための特別の設備や配慮がなされていることが認められる。これらは、もともと特に売春のために利用されることを予期してなされたものとは認められないけれども、前述のように、被告人において、同ホテルが一部売春を行うために利用されていることを認識又は予見しながら、故ら、被告会社の営利のために従業員らの本件行為を容認していた以上、一種の業態として、売春を行う場所を提供することを継続していたものといわざるをえない。したがつて、本件は売春防止法一一条二項にいわゆる業とした場合にあたるといわなければならない。

以上のような理由によつて、判示犯罪事実を認定したものである。

(法令の適用)

被告人および被告会社の判示所為は、刑法六〇条、売春防止法一一条二項(被告会社につきさらに売春防止法一四条)に該当するので被告人については、所定刑期および罰金額の範囲内で、被告会社については所定罰金額の範囲内で、被告人を懲役一〇月および罰金一〇万円に被告会社を罰金三〇万円に各処し、被告人において右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金一、〇〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置することとし、被告人に対し、その情状により刑法二五条一項を適用して、この裁判が確定した日から三年間その懲役刑の執行を猶予する。

(別表略)

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